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2014年1月26日

満足の4000円

山陽新聞 夕刊の毎週木曜日にコラム「一日一題」を担当しています。・・・といっても 1月末で終わりなので、あと30日を残すのみとなりました。HP上では1ヶ月遅れで少しずつ紹介しています。

その日訪問すると、孝さんはベッドに寝たままテレビのリモコンで何やら操作していた。肺癌の脊椎転移で寝たきりとなって在宅療養中、奥さんが懸命の介護を続けていた。玄関横に置いてあった自転車は久しぶりに訪れた友達の物であったらしく、ベッド横に座り込んだ友となにやら歓声をあげている。やがて友人は遠慮して自転車で帰っていった。ケーブルテレビの画面はゲームではなく競艇場で水しぶきをあげて走るボートレース中継。楽しそうに画面を操作するのをしばらく一緒に見ながら横から尋ねると、競艇の舟券をインターネットで買ってレースに参戦していたのだという。今では家に居ながらにして舟券を買えるらしい。数日たって孝さんのケアマネジャーから聞いたところ、あの日の競艇で四千円勝って、そのお金を奥さんにあげたことをとても嬉しそうに話してくれたという。
病気となって思い通りに体を動かすという当たり前のことができなくなると、食事や排泄など生存の基本を全て他者に依存することになる。そのとき身体機能の喪失感に苦しむだけでなく、家族など介護者に対して迷惑をかけてすまない、申し訳ないという気持ちを強く持っていることを我々は見落としがちである。
人間いくつになっても何かの役に立っていることに自己の存在意義を感じている。90歳過ぎてなお「生きとっても何の役にも立たん」と口にする。たかだか四千円かもしれないが、孝さんにとっては奥さんの介護の労に報いて自分が役に立った、何かしてあげられた、と満足できた四千円だったに違いない。