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2010年9月1日

潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな

今月のある土曜日、ごうのとら の患者さんが亡くなった。尿が全く出なくなってからもう何日も経っていた。

午後5時半すぎた頃に、「呼吸が止まりました」と連絡があった。家に着くと、部屋に置いたいつも寝ているベッドの周りに10人あまりの親族の方がみんなそろっていた。
娘さんが
「先生が早ければ今日の晩かもしれないと言われたので、あのあと嫁に急いで潮(の満ち欠け)をみてもらったら、夕方4時頃になっていて、夕方か、それとも明日の明け方か、と言っていたんです。すぐに甥に電話して来てもらいました…。みんなそろった頃にはもう虫の息でしたが、みんな揃ってしばらくしてから息が止まりました。甥を小さい頃からずっとかわいがっとったから、来てくれるのを待っとったんかなぁ…いうて言よぅったんですよ。」

産婦人科の病棟などでは、お産があるときは満月だか満潮だかの時間帯に生まれることが多いので潮の満ち欠けをいつも参考にすると聞いたことがあるけれど、逆に亡くなるときは干潮の時間帯に多いというのも経験的に知られているらしい。科学を超えたところで、自然界の中で人間も生かされている。死亡確認したあと、玄関横の応接室に案内された。

「このリンゴジュース、おばあちゃんが大好きだったんです。いつも岩手から取り寄せているんですけど、よかったら飲んで下さい」
ごうのとらさんが大好きだったというジュースの缶には、「いわいずみ 龍泉洞」とあった。濃厚なリンゴジュースを御馳走になりながら、正座して応接室のテーブルで死亡診断書を書いた。ソファの上には遊び疲れたのか、1,2年生くらいの曾孫が寝息をたてて寝ていた。

独りでうまくトイレに移動することもできず、オムツにしたらいいという娘さんのいうことも全く聞かず、何度も何度もトイレに行くといっては介助する娘さんの言うことをきかず困らせていた。排泄の尊厳に最後までこだわりをもつ患者さんも少なからずある。

「もう、喧嘩ばかりしていたんです。いままで好き放題やって自分のやりたいように生きてきた人ですから・・・」と娘さんが口癖のように言われていた。夜中に何度も起こされて眠れず、介護疲れの色が顔に明らかにみてとれるようになってから2週間以上になっていた。これまでどんなに言っても病院へ行くことを嫌がって、頑として動かなかったごうのとらさん。そしてその思いを支えたのは、ずっと介護してこられた娘さん。最期まで思い通りに過ごしてもらえた、そのお手伝いが少しでもできて良かったと思った。