山陽新聞夕刊コラム「一日一題」への連載、1月30日の最終回の内容です。
在宅療養される患者さん・御家族と 本当に沢山の出会いがあります。
いろんな家族関係があり、人生があり、歴史があり・・・・・人生の先輩である患者さんから学ぶことも数多くあります。
治らない病気や老衰で人生最期の時期の診療に関わることも多いのですが、その中で、本当によい家族関係の中で 御家族に見守られて幸せな時間を過ごす方もあります。
中には最初から良い関係でなかったところ、療養や介護を通して次第に良い方向へと関係が変わり 幸せな最期の時間を過ごす方もあります。今回はそんなお話です。
チエさんは男勝りの勝ち気な性格が災いしてか、それまで嫁とは長い間のわだかまりがあったようだった。
癌で在宅療養した最後の2ヶ月を嫁が看ることになったが、普段から人に弱いところを見せないチエさんは初めは何でも拒否していた。
嫁も半ば諦めの気持ちで始めた介護だった。
診療に行くたび嫁の懸命さが感じられた。そして少しずつ嫁を信頼して介護を受け入れるようになってからのチエさんはとても穏やかな人に変わり、訪れる友人や周りの全ての人に感謝して過ごしていたという。
「亡くなる1週間ほど前、あるとき義母が私にすがって”ありがとうね”と声が枯れるまで何度も何度も言ってくれたんです。これまでいろいろあったことが全部水に流せました。ずっと介護から逃げてきたけれどもっと早く関わればよかった。最後に本当に良い時間を持つことができました。」
嫁との心のつながりもできて、チエさんは幸福な人生の最後の時期を過ごされたと思う。
「幸福な看取り」というが最後の瞬間だけ幸福というのはあり得ない。それまでの時間、人生の最後の一時期をどう過ごせれば幸福なのか。
幸福とは山のあなたの空遠くにあって探しに行ったり外から与えられたりする物ではなく心の状態であるならば、物やお金があるから幸福とは限らない。
在宅療養や介護という目的や共同作業を通じて、それまでの家族との関係性が変化したり地域社会とのつながりが再確認されたりすることで、幸福な時間を過ごす患者さんに出会う。
高齢者や病者の幸福を考えるヒントは在宅医療の中にあるような気がしている。